2019/05/12

日本人一般は力に従なだけで天皇に従ではない

(「天皇廃止は、内閣が突然やってしまえばいいんです。そしたら国民はそれに瞬時に順応する。何もほかにいらないよ」との自分のツイートへ、「憲法違反ですよ」とする返信へ)
確かに事前に憲法変えてから突然やるしかないのかもしれない。が、退位法も摂政を置かずに天皇が退位してる点で、或いは国政に関する権能を持たない人が国会・内閣を動かしたので違憲だから、違憲でももしかしたら通るのかも? ま要は皇室を法的に削除し、或る内閣がそうと決断すればできるという話。
 これについてもう少し深く考えました、自分の返信が自分で納得できなかったので。
 そもそも最初のツイートを私がしたのは、天皇がいなければ日本は成り立たない、といっている人がいて、それを咀嚼して書いた。そしてなぜそういえるかといえば将軍は千年以上続いたのに突如廃止されたからです。
 征夷大将軍は、名称変更はあったものの、大和王朝の初期頃からずっとあって、はじめは先住の日本人居住地を渡来人王朝が侵略するその時の軍師の名義でしたが、鎌倉幕府以後は逆に東国独立政府または最強武士団が名目的に天皇の権威を借りつつ、天皇も名義貸しで保身する、軍事調停の手段になっていた。徳川慶喜が将軍職返上後、明治政府は将軍職を置かず、天皇が軍部統帥権を兼ねる体制に変えましたよね。序列は
天皇(大元帥)>陸軍大臣・海軍大臣>参謀総長・軍令部総長>大将その他
という風に、それまで千年近く、将軍が最高権力を持っていた体制から大幅に、軍事・政治組織が一夜で変更された。
 ところが日本人全般は、この大幅な伝統改編、極端な変化を不思議にも思わないどころか新制度を自明のことみたいに言って、天皇の存在は幕末当時の諸大名ですらろくに知らない有様だったのに、急に民衆がもちあげはじめた。これを省みると日本人の習性は力に従ではあるが天皇に従ではないのですね。その証拠に、GHQが力をもつと、今度は日本軍に平伏していた直前の行動習性も忘れ、大江健三郎さんがいうとおり学校教師ですら180度反転して民主主義を唱え始める有様で、まあ忠義も何もあったものではないわけです。力ある新勢力に唯々諾々と従う奴隷根性の持ち主なばかりかそれを疑問にも思わない。
 これを肯定的に、民主化だとか、敗戦で戦争は懲りたとか、馬鹿正直な部類の左派でさえ侵略戦争はよくなかった、君子豹変みたくいいかえているのが今の政府で、けれど正直なところ御都合主義なだけで民衆はただ保身しているに過ぎない。力に忖度三昧で、坂本龍馬みたいな死の商人さえ持ち上げるのです。もし新政府軍が敗れていて、徳川将軍が名目王座に就き天皇は相変わらず宗教祖だったらより日本の伝統や国際常識に近い体制だった上に、外患誘致と内乱罪を煽った凶悪テロリストに他ならない坂本龍馬を、現時点の日本人民衆がもちあげてた可能性は限りなく低いわけです。つまり力に媚を売るのが常態と。
 こういうわけで、天皇も単に力をもっているから、二枚舌で権力じゃないよ、権威だよという言い逃れで保身した名目的最高位に居座っていて、もし彼を別の力が完全に駆逐したら、その瞬間に彼のことは民衆に忘れ去られるだろうことは先ず疑い様がないわけです。私は徳川慶喜家の最期をみたからです。私は日本人一般より遥かに忠義の概念を理解している方だと思います。それで将軍は伝統ある役職だわ、水戸徳川家も相当立派な政治をしていたわで、幕末の悲劇に遭った最後の将軍の末裔まで追いました。そしたら水戸の病院で割と若いうちに亡くなってしまい、そのとき民衆は殆ど慟哭しませんでした。嘗て我が国で信じられていた忠節は、単に力に従う民衆の卑屈な心魂に置き換えられてしまっており、しかもそのことは実際、大和王朝の時点から何も変化がないのです。日本人民衆は徳と力を見分ける能力がないのです。それで易姓革命という概念も理解できなかったのです。
 天皇が力によって一夜で廃止された瞬間、日本人の習性はそれを自明のこととし、もう二度と彼らに権威権力を認めないだろうと私には予想がつきます。神道教祖が信長の末裔と一緒なのかと思うかもしれないが、政教分離の方が甚だ理に適っている限り、実際にそうなるだろうと思いますよ。
 私が最初のツイートでいわんとしたのは上記の洞察を、簡便な言い方で世俗風に伝えようとしたのであり、あなたの指摘(憲法改正が必要)は確かに法手続き的にはそうなりますが、歴史を顧みると、最高権力者が絶対的になると法も自力で決めてしまい、天皇廃止も一夜で可能だと思う。
 もし私がいってることを、「けど天皇の場合は違うんでは? だって千年以上の権威でしょう?」というなら、琉球王国とアイヌの存在をお忘れではありませんか、となるのです。それら(彼ら)の末裔も日本人だけど、彼らからすると天皇は関西地方あたりの宗教権力者であって関係なかった、となるわけです。
 又きっとご存知でしょうけど、そもそも一般民衆は明治時代(150年前)以前には天皇は無論、将軍の存在すらろくに認識していなかった証拠は色々あって、自分の国(ほぼ今日の都道府県)単位の大名の名前すらろくに知らず、近所の荒くれ者くらいの扱いだった武士団に統括されてずっとすごしていただけです。ここで言う統括だって一般民衆の中では庄屋に年貢を間接的に納めてたくらいで、今でいう農協くらいの組織単位しか指導者級でも最大で知らなくて、普通の農民は近所づきあいの五人組しか分からないわけですよ。何せ寺子屋行くのも豪農とか、暮らしがましな部類だったのですからね。天皇どころではない。 

※このブログURLは2019年6月8日に
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