2019/05/13

『けものフレンズ』は子供向けアニメで、ストレスを抱えた大人の幼児退行の逃避先にされている

「『けものフレンズ』を巡る対話」の続き)
けものフレンズ1を1~12話流してみたけど、まじで全然面白くないというかなにが面白いのかが何一つわからなかった。かろうじて3話の無アクセントキャラ(アルパカのスリ)の発音がよい意味で田舎っぽくていいねってだけで。それで監督脅迫すらするけもフレオタ(けものフレンズのオタクの略。以下けもフレオタクとも略す)の為に2順目みてるけど面白いのか? 段々みなれてきたけど先ずこのキャラ、目と目が近づきすぎで気になる。顔の造形が。でキャラが全部似ててよくわからない。3DCGだから情報量が少なすぎて画面みてると脳が馬鹿になるみたいな感じがして、ながら視聴しかできない。情報量が少なすぎるのは3DCGだからじゃなくて、トイストーリーとかは情報量多いから、作画してる人が単純な画面を作ってるからか。
 12話もやる意味あるのこれ? 1話にまとめたらいいじゃないの?
 まだ筋が脳に入ってないから、一体、11話と12話のなにに感動したとけもフレファンがいってるかすらわからないが、人を動物の一種として扱って、進化論の見地からユダヤ・キリスト教の人間中心主義を否定してるとか?
 見当違いの批評かもしれないが、人間中心主義やオリエンタリズムへの批判的観点からいうと、「ジャパリパーク」って日本のJAPANとサファリパークの掛け言葉で、日本サファリパーク。Safariはアラビア語safariy(旅行)からきていて、野生動物観察旅行らしいから、日本人を動物と同列に見るアニメだね。

 私は、『けものフレンズ』というアニメの1話を嘗て流行ってるとかいってたのでニコニコ動画で見て、稚拙な3DCGのぎこちない動きだな、下らん萌え擬人化アニメかよと思い、それ以後無視していた。
 今回、ツイッター上で『英国王のスピーチ』と比較して日本人の愚民さの象徴として『けものフレンズ2』1話をとりあげたところ、けもフレ1のアイコンの方から返信があり、けもフレ2はくそアニメなので1を慎重に見直すべきといわれたのでその通りにしてみるか、と思い、2度も見返した。特にアマゾンレビュー上ではファンが11話と12話で泣いたとか書いているので、11話と12話は数度見返して、一体、ファンの人達が何に感動しているのか突き止めようとした。なぜ何度も見返したかといえば、1度みただけでは幼稚なだけに見えて、何が感動点なのか分からなかったからだ。それで数度みてもまだなぜ大の大人がこれに感動したといっているのか分からないままだったので、ウィキペディアのシナリオの抽出も見返して、理解しようとした。結果、次の様なことがわかったので、まとめて書く。
 先ずこのアニメはテレビシリーズか何かで12話ある。はっきりいって冗長で、対象年齢は幼稚園児(以下園児と略す)くらいだから、並の知能の大人が全話みるには到底耐えないであろう。或る計測されたIQが相当低い成人の話を聴いても、こんなのみない、一緒にされたくないと言ったので、大抵の大人には全くお奨めしない。
 このアニメのシナリオは次の様な展開である。
1.或る少年がサバンナを歩いていると、人型のケモノに襲われる。
2.ケモノは「君はなんのフレンズか」と少年に聴くが、少年は不明だという。
3.ケモノは君が何のフレンズか調べるには図書館に行かねばならないといい、少年と共に旅を始める。
4.図書館までの道で、様々な人型のケモノらと戯れる(正直いって園児の戯れくらいのもので、ほぼ無内容といっていい)。
5.図書館で少年はヒトだと教わる。ヒトはこのサバンナ(ジャパリパーク)では絶滅済みで、嘗てこの世界を作ったらしい。
6.少年はケモノと共に、ヒトのいるはずサバンナの外に出ようとするが、敵が現れる。
7.敵からケモノらを守ろうとした少年は、自己犠牲によって敵を倒そうとするが、敵に食われてしまう。
8.ケモノらは遊んでくれた少年への友情の為、一致団結して敵を倒す。
9.救われた少年は、一人でサバンナの外に旅立つ。
これがシナリオの全体なのだが、肝心の筋は1話から図書館に着くまでがやたら長く、図書館に着いてから敵に襲われるまでも7話から11話まで費やしていて、間延びが凄まじい。その間になにがあるかというと、園児しか面白がらないと思われる無内容な戯れで、大人がみたら時間の無駄に見える。因みに1話は24分(約30分)なので、並の大人が全話みるのは完全に時間の無駄で、よほど園児級の精神年齢の自信がなければながら視聴でもきついことこの上なく、実際、私も相当疲れたというかうんざりせざるを得なかった。画面自体がジブリ級の密度で描かれていない稚拙な質なのである。
 で、このシナリオだが、見ればわかるとおり、まあ子供じみている。私はてっきり私自身が何か重大な勘違いしていて、けもフレファンが重大な知的内容を認知していて私はそれを見逃しているだけなのだろうと思って、2日かけて全体を2度以上見返したくらいだから、実際に驚くほど幼稚なのは逆に驚いた。
 確かに深読みすると、恐らく世界中でも私しかしていないだろうが、進化論や動物化の概念を使って、オリエンタリズムに重ねて、「日本人なんてサルと変わらん愚民だろうに」という皮肉なオタク揶揄の体系として、動物に身を落とした未来の人類が、素で動物と友情を築いている、現代版狼育成少年の話だ。では一体なぜ現代版の狼に育てられた少年の話が、オタクの一部に大歓喜されたのかだ。先ず彼らは自虐的自己像だと思ったのではないだろうか? 自分もただの動物みたいなもんだ、と素で認めてるのかもしれない。つまり人間中心主義への疑義という知的内容を、愚民化、幼稚化の中で感覚的に享受したと。現実にはけもフレオタがピーターシンガーの倫理的認知と同列とはいいがたく、彼らは肉食も鯨漁も平気だろうし動物の苦痛を減らそうなんて考えは抱く筈もない。単に動物園の中で子供が遊んでるのに同一化し、擬人化した萌えキャラみたいなのに想像上で幼稚にたわけてるだけだ。深読みはただの深読みだ。(追記するが、更に深読みすると、縄文人やアイヌの汎神論的な自然崇拝に繋がる、動物と人間を区別しない生命観、それどころか動物と心を通い合わせる人間の有様を描いているともいえるから、物語のジャパリパーク内では絶滅済みの文明社会へ背を向けた、純粋な友情の成立しない現代社会への批評、皮肉が含まれるとも考えられる。また、ゴータマ・シッダールタでいう全生命への慈悲につながるところの動物愛を描いている面もある。しかしこれ以上深読みするのは誰か、アニメ批評家に任せたい)
 次に、彼らけもフレオタはこのアニメが殆どの時間を使っている無内容な擬人化萌えキャラ(大抵のは少女風である)との戯れ描写において、脳死状態で発情まではしないにせよ、一種の無害な想像的愛玩をしており、簡単にいうと子供向けの何々ランドで動物の人形使って精神療養してる状態なわけだ。この意味で、彼らけもフレオタは、はっきりいうと精神病か知的障害である。なぜなら幼児退行しないと自己の抑圧を治療できないくらいの重傷で、現実では何らかの適応障害を負っているかもしれない。又は元々園児並みの精神年齢に該当するほどIQが低いのか、どっちかしか考えられない。大人がこれに夢中なのは病的だ。ともかく幼児退行は防衛機制の一種で、当人が現実において巨大なストレス等に襲われた際の心理的防衛の作用なので、普段からこの園児向けアニメで幼児退行して安心している大人がいるとしたら、現実に重大な問題を抱えている。
 続編の『けものフレンズ2』では監督が交代した為、内容がかなり違っているらしいが、それを種にけもフレオタクの一部が発狂し、新監督だか新制作陣だかを殺人予告紛いで脅迫した。それどころか彼らは、けもフレ1の放送末期でも監督降板時に似た様なことをしていた。つまり何らかの精神病なわけだ。もし精神病でないとしても、単なる幼児向けといっていいテレビアニメーションシリーズの監督が交代だか降板しただけで、その制作陣を大の大人が殺人予告で脅迫するのは、まあ具体的に犯罪者である。しかしこの脅迫の原因は、幼児退行の為に都合のいい妄想の世界を奪われたことへの恐怖なのだ。
 因みに私が全体を見て、大人の目でいいなと思った点もある。3話に出てくるアルパカのスリというキャラクターは無アクセントの方言を話すのだが、これは南東北から北関東あたりの方言の特徴で、ほのぼのとした雰囲気を醸し出し、よい意味で田舎者ののどかな善良感を出しているので、中華思想の逆類型だ。まだみてないけど『君の名は』は典型的な中華思想で、都鄙差別、華夷秩序を焼き直している設定だから、はっきりいって公害度が甚だしく門地差別につながる単なる悪意ある偏見を一般大衆に刷り込んだといえるだろう。しかしこのアルパカ・スリは地方色のよい多様性を肯定的に表現している例なわけだ。
 もう一つは5話のアメリカビーバーというキャラだと思うが、「かたじけない」というせりふを言う。これはいわゆる侍の言葉で、現代の子供は意味を理解していないのではないかと思うし、現代人もかたじけない、という言葉を使わなくなったので、かたじけなさを感じていない以上、啓蒙的だと思った。どういう状況でそのキャラがかたじけない、というかというと、「助けていただいてまことに感謝の念に堪えないのであるが、それを言い表すには言葉では到底たりないので、あなたが畏れ多いのです」くらいの感じを一言でいっている場面である。侍が助けてもらってありがとうを強度の言い方にしてる感じ。かたじけないはいわゆる侍の言葉といったけど、古語辞典によれば『竹取物語』にも出てるみたいだから、要するに古語なんだろう。時代劇で武士がよく言ってるだけで。このアニメは旅先の地方色を出す必要があり、言語に標準語の中で色々なアクセントや特徴を出す為に、無アクセントや古語が使われたのだろう。
 結論をいうと、けものフレンズファン、もしくはオタクは、大人であればだが相当、現実にストレスを抱えていて幼児退行(防衛機制)で癒されている類の、精神に問題を抱えた人物の可能性が非常に高い。さもなくば知的障害者だがこれは診断済みだろうと思うから、潜在的精神病患者がいるとはいっておきたい。

(続き「『けものフレンズ』『けものフレンズ2』を巡る作劇論」)

※このブログURLは2019年6月8日に
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