2019/05/14

政教分離度が重要で王侯貴族が問題ではない

(ノルウェー王室は日本の皇室の模範、故に「日本人一般は格差主義者」でノルウェーを例に引くのは不適切、というツイートへ)
私は別のSNSで或るノルウェーの友人ができて色々聴いたが、日本人一般と教育内容も次元も違うことに加え、そもそも政治的民度自体が全く違っていると感じた。それは日本人全般の方が教育の質が低く、政治経済を理解していないという意味で。
 で私は王室を実は否定していない。政教一致を問題視している。
 政教分離後の象徴王政は、単なる名目君主を国民が統治する形式で、私は『英国王のスピーチ』を見て王室に共感したくらいで、どっちかといえば賛成なくらいである。まあ共和政に比べ王室が身分差別の名残じゃないかという論点は分かるけど、イギリスの友人と話した限りこれもただの社会制度だと思った。
 日本の皇室は王室ではない。実はこれは教祖を兼ねている。つまり西洋でいうと教皇か大司教の立場である。なので宗教を使って国民を洗脳してしまう。政教一致が危険なのは他教の人を弾圧するからだ。
 西洋で政教分離が図られたのはジョンロックに遡れる。『統治二論』で王権神授説を否定した。王は世俗的権力者だ。しかも名誉革命後、王は議会に従う結果になり、実権を持っていない。つまり単なる貴族制度の名残でしかない。端的に言うと、ただの奥ゆかしい儀式みたいなものだ。
 逆に日本では水戸学の大義名分論では将軍が世俗的王権、天皇が象徴的教皇の立場で、実権は将軍が握っていた筈だったが、明治政府は天皇大権にきりかえ、戦後は天皇(教皇)がそのまま象徴に収まった。つまり政教分離が十分はかられなかった。政府の外に天皇を出すべきとはこういう意味である。
 なぜ私が王室に必ずしも否定的でないかというと、アリストテレスによると単独支配、少数支配、多数支配の3類型はそれぞれ最高の公徳の持ち主が或る集団で単独か、少数か、多数かによって選ばれねばならないので王政が最善のこともあるからだ。しかし世襲は形骸化し易く伝統的貴族くらいの扱いでいい。更にいうと、私はそもそも少数支配としての貴族政治が最善の時もあると認めるので貴族院(参議院、上院)は無給にすべきだと思っている。金持ち、代々の貴族、又は無償奉仕を望む一代貴族が無給でも公益に尽くそうとしていればこそ、良識の府として機能する可能性があると期待しているからだ。
 例えば日本の歴代将軍の外交称号は、しばしば日本国王だった。つまり征夷大将軍が実権を千年近くもっていたので彼らは王族だったといってもいい。それで明治以後の150年間を無視すれば、本来なら歴代将軍をそのまま王室、象徴王族として扱っていればよかったのだ。天皇は政治の外に置いたままでだ。なぜ私が身分制や封建制の名残に過ぎない王族や貴族を一切廃止する考え方のみに全面的に賛成でないかというと、私も勿論共和政論者で皇室廃止を望むし全人類の人権を平等にすべきと思う(それどころか常任理事国も撤廃すべきと考える)が、現に尊い王侯貴族には貴族精神が宿り易いと知っているからだ。
 貴族の義務(いわゆるノーブレス・オブリージュ)は自己犠牲の精神で、利己心の正反対に位置する。これは生育の中で折に触れ公徳をしつけられないとなかなか身につくものではない。しかも普段から特権待遇に近い条件で育っていればこそ、自ら心理的負債を清算する為に進んで公益に身を投ずるのである。
 貴族の義務の研究は、政治的良識の核心部分なだけに今後も人類が進めていかねばならない分野だと思う。少なくとも私の生まれ育った県には水戸の徳川家ら旧公爵がいて彼らはその種の良識を事あるごとに発揮していた。つい先日も政府から原発の汚染物廃棄場にされそうになったら彼らが怒って立ち消えた。
 まあこの部分、異論が多いに違いない。徳川は世俗的権力者だったからはじめ、暴力で地位を得た。そしてそれだからこそ王(単独支配者)や貴族(少数支配者)の地位にいたのだ。彼らと敵対していた権力者や、彼らより身分が低いとされた側は気に入らない論理かもしれないが、もう少し実例を語る。
 上記の汚染物廃棄場は、たまたま政府が何も知らず徳川家の山林だかそのすぐ近所をゴミ捨て場にしようとして、徳川が怒った。そしたら政府があっという間に引っ込んでしまった。だから公益という部類じゃなくて彼らの私的闘争でしかも偶然というかもしれないが、結果私達も守られて甚だ公益だった。
 ほか具体的にこの種の精神をもっていた徳川慶喜(最後の将軍)は幼児から厳しく躾けられ、いざとなれば幕府に弓を引いてでも皇室を守れといわれていた。我々の世界観なら「いざとなれば政府に弓を引いてでも国民を守れ」の方が筋が通っているが、当時の世界観だと貴族精神が守るべき対象は皇室だった。そして彼がなぜその行動をしつけられたかといえば、まま経済的余裕があり当時で最高級の教育を受けられ、血統も十分高貴(将軍家と皇族の末裔)なので特別な役割を期待されていたからだが、彼は幕末の危機的状況の中で実際に庭訓通りに自己犠牲を選択し、無血開城で幕府を自ら閉じたわけだ。穿った見方をすれば高々、父系の将軍家(徳川宗家)と母系の皇族で、母系を重視した選択となるに過ぎないのだが、これは水戸の徳川家が二代目から代々紡いできた哲学に由来した行動なので、庶民の及ぶところではなく、実際その後も水戸の徳川家は勤皇のため原爆投下時に貴族院議長をしていた。恐らく彼らのことであるから、いざとなったら天皇の代わりに自分が犠牲になるつもりだったろう。これがただの一般大衆には想像もつかない考えで、つまり貴族精神のありかである。同時に偕楽園という彼らの私庭を自ら一般民衆に開放したよう愛民思想というのも持っていて、民主主義とは違う毛色で公共的なのである。
 直接わが県で生まれ育って彼らの残した文化遺産や徳行の実例を実体験として理解していないと、一体私が何を言いたいのか分からないに違いないが、貴族精神の現実をみると、それは血統・身分差別と正反対の内容なので、大抵の人類は敬意を持つ。そしてそれが私が王や貴族の存在を全否定しない理由です。
 王侯貴族は世界中にいるが、彼らの全てが単なる虚栄の封建主義者ばかりだとは言いきれない。現実に何らかの公徳を、不文律などで代々受け継いでその地位にのぼりつめた類の人も混じっていると思うからだ。しかし永続した王侯貴族はなくいずれどの家系も廃れ、また新たな家が興るであろうとは思います。
 上に政教一致の問題点を他教弾圧と書いたが、無論他にも沢山ある。そもそも私が最も恐れているのは日帝が起こした類の宗教戦争だ。例えばイスラム過激派やキリスト教原理主義者が皇族暗殺したら、神道信者は激昂し宗教戦争に突っ込みたがる。イスラエルから見てどうか。好都合この上ないのではないか。中東諸国があれほどイスラエル軍や米英仏軍に翻弄されているのは、基本的に政教一致だからだといってもほぼ間違いないであろう。日帝が絶滅戦争に漸近したのも同じ原因がある。宗教と政治を混同していれば、教祖の邪悪な命令にも、政治的現実性を無視して信者が特攻してしまうのである。第一次大戦はサラエボ事件から発展している筈だから、政敵の王族や皇族暗殺そのものが大事件ではあるけれど、昨今、資本主義陣営(イスラエルや米英仏ら)がイスラム過激派を煽って中東諸国を荒らしまわっているのは事実であり、日本も巻き込まれ致命傷を負うまでに何とか皇室民間化で政教分離したい。
 また地元の話になるが、私がこの恐れを抱くきっかけになった最大の理由は、回天神社を訪れたことだ。そこは尊皇志士の墓が列になって集められ、彼らがいかに純粋な魂で天皇に尽くそうとしたか、しかもその結果、維新を起こし悲惨な死を遂げたにも関わらず皇室は全く彼らを弔わなかったかが一見できる。私が驚愕したのは、回天神社の無数の神道形式の墓の中には、なんと私と同姓同名のがあった。私は靖国神社も見た。ところがあのご大層で大仰な巨大神社に比べ、水戸のその墓は維新を起こした偉人が眠っているにも関わらず全く無視されていた。ただの石なのだ。その上、当時の私はまだ尊皇論者だった。一歩間違えれば私もこの同姓同名の侍と同じ運命だったと悟り、私はそれ以後、神道を疑い始めた。私の恋人は仏教徒なので、その頃私に「宗教は人を救う為にある。人を傷つけるのはおかしい」と言った。神道は殺人邪教で奈良時代に仏教とすみわけるため捏造された天皇家の自己神格化だと研究し分かった。
 水戸の徳川家を例に出したが、彼らはかなり強烈な神道信者で、奥さんも皇族だった徳川斉昭(烈公)の時代には皇居に向かい毎朝だか恭しく礼をしていた。正月には奥さんにひざまづき、敬意と感謝を捧げていたという。私は水戸の徳川家の公徳を尊敬もし、評価もするが、私個人は神道をもう信じていない。
 かなり長い返信だが、もう一つ付け加えておきたい。私は政治思想そのものが一種の宗教観念だといってもいいと思う。だから自由主義や民主主義の類もそうだといえるだろう。厳密には政教分離は単なる伝統的宗教とのすみわけ度だ。問題は不条理な過去の信仰を、現代政治に持ち込んでしまうことである。

※このブログURLは2019年6月8日に
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