2019/05/15

日本人一般は武士道物語に感動し易い

(「なぜ動物愛護や生命倫理の観点から『けものフレンズ』が幼稚といえるか」の続き)
もっと深く考えたけど、『ドラゴンボール』のクライマックスは、少年時代から武道の修行を共にしてきた親友のクリリンが、世界征服を狙うフリーザに殺され、主人公の悟空が怒って超人(スーパーサイヤ人)になるところだといっていいだろうから、友情だといえる。
 一方『けものフレンズ』のクライマックスは、主人公の少年(かばん)が、オオカミに育てられた少年状態で遊んできた動物園の動物たちをかばい、敵に食われるものの、逆に動物たちに助けられる、という場面だから、これも一種の友情といっていい。
 ところでどちらも流行した漫画・アニメの核心部分だが、この2つの友情には共通点と違いがある。先ず主人公らは仲間・人類・地球等の全体を守ろうとして公を私より優先する人達だ。この意味で完全に新渡戸武士道の類型に立つ侍、一種の国防階級だといえる。これが共通点だ。つまり武士道物語なのだ。
 次に違いは、『ドラゴンボール』の場合、ずっと地球人類全体のため戦ってはいたものの、戦友である無二の親友を殺される場面が戦闘力が飛躍的にあがるきっかけになるので、友情の範囲は親友とのものである。しかし『けものフレンズ』は寧ろ仲間である動物全体の為の自己犠牲が美化される。いいかえると『ドラゴンボール』は国防階級(武道家)の私的友情が重要なクライマックスだが、『けものフレンズ』は国防階級(ヒト)による全体の為の自己犠牲が美談の文脈に置かれる。後者の方が全体主義的といえる。
 日本人一般大衆はいまだに武士や日本軍と同じ発想の道徳物語に感動しているのだ。
 さらに違いを分析すると、同じ国防階級ではあるが悟空は異星人(帰化人)で、かばんは唯一の生き残りのヒトである。後者は『旧約聖書』の創造神話が重ねあわされているともいえる。聖書の中でヒトは神の似姿で、ノアがそうしたよう動物の種を守って箱舟に乗ったり、動物全体の管理者役だったからだ。万物の霊長としての貴族の義務が描かれているのが『けものフレンズ』で、国防階級の貴族の義務が描かれているのが『ドラゴンボール』だといっていい。どちらも貴族の義務を描出する筋だ。しかもここで焦点をあてられているのは、全体守護の為の友情または自己犠牲の賛美である。武士道そのものだ。
 現代の一般大衆は商人なので士農工商でいえば下流階級の町人の中でも一番悪役扱いされていた部類といってもいいだろうが、なんとその人達自身が、武士道を語る物語を紡ぎ、あるいは語り伝え、賞賛している。これは大いなる日本社会の本質であり、まさに道徳哲学的な議論に値する問題なのではないか? もしこの2つの物語を、現代商人の姿で描くと、天敵であるフリーザ一味に悟空らは「で、幾ら儲かりますのや?」と聴き、地球侵略の武器を坂本龍馬みたいに売り買いする役目におさまるだろうし、かばんなら敵に「ぼくを管理者にしてくれます?」といってジャパリパーク社長におさまることになる。
 前ツイッター上に、口調からいうとまあそこらの低級労働者くらいのやつらが、「カネで動く人間は操り易いから安全で、カネで動かないのは意味不明だから危ない」といっていた。まさに下級商人の発想で、この人らは善悪と損得を完全に取り違えて生きているのだ。確かにこの次元になると武士道も必要だ。
『猫の恩返し』という講談は、ある町人が博打で金を使い果たし、飼い猫に「猫に小判というから3両もってこいやい」とかいい寝て、起きたら実際に小判がおいてある。その後でもっと大金もってこいやいといったら猫が消えた。店に行くと旦那が泥棒めといっていて、みたら飼い猫が殺されていたという筋だ。この後、この町人が大いに後悔して改心し、商人になって成功後、猫だんなと呼ばれたみたいな落ちだったと思うが、要するに善悪と損得は違う。人は時には損得抜きで行動しなければならないし、常に善悪だけで動いていれば先ず損することは免れない。善徳・悪徳商人の差は商売の仕方によってつく。
「勝てば官軍」でカネが儲かればなんでもいいのだ、政権簒奪できればなんでもいい、これははっきりいって外様大名、もしくは海賊の発想だ。いわゆる薩長がまさにそうだったわけで、ノルウェーの友人に聞いたら「それは海賊の合言葉ね」とかいわれた。恥ずべき話だ。Winner takes allは野蛮の証だ。
 俺が18の時、東京で自転車のブレーキがきかなくなったかなんかで、住んでたところで近所の自転車店いったら、ワイヤーが絡んでたかなんかで1秒でなおった。そしたら店主が1万円(物価からいうと1か月分のコメが3000円くらい)要求してきた。自分は公務員(士)の子なのでなめてるのかとは思ったが、カネなんかどうでもいいので1万敢えてやった。まあ詐欺まがいである。田舎の善良素朴な店では考えられない。その後、その店を観察していたのだが、途中でシャッター閉まって潰れた。つまりそういうことだ。

※このブログURLは2019年6月8日に
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