2019/05/09

徳川慶喜に濡れ衣を着せた薩長土肥や岩倉、天皇家の罪は当然あるべきで、皇室の男系継承への固執は明治懐古趣味の産物に過ぎない

 (他国なら明治維新で徳川将軍の首が飛んでいたのに、日本では隠居したのも含め、日本の文化、日本人の心性の総意として皇室が今に至っているため女系天皇反対と考える、とするツイートへ)
イギリス公使もフランス公使も、将軍は何の罪も犯していないのになぜ責めるのか(実際、小御所会議は徳川不在で行われた、ただの薩長と岩倉のクーデターに過ぎない)、ナポレオンですら隠棲したに過ぎないのにと義憤を述べ、薩長軍を攻めろと徳川慶喜に言った。慶喜はこれを固辞した。家康が太平の世を開いたのに自分が再び悲惨な内乱の途を開くべきでないと言い、また水戸の徳川家は二代光圀から尊皇論の総本山であり、慶喜は幼児から弘道館で厳格に勤皇の武士としてしつけられていて、父・斉昭から決して皇室に弓を引くなとの庭訓まであった。こうして慶喜は自身の城を天皇に無血開場し、英仏の傀儡戦争は少なくとも最大勢力になるだろう徳川軍と西軍の間で避けられたが、薩長方は、錦旗を捏造しての政権簒奪を正当化するべく、奥羽越列同盟軍方へ侵略を開始した。
 奥羽越列同盟方の『討薩の檄』によれば、慶喜の母方にあたる皇族と徳川に殺し合わせようとする薩長の罪は看過しがたく、皇室守護にあたっていた会津に濡れ衣を着せることもあわせて後世の為に誅罰が必要との旨が述べられている。実際戊辰戦争当時まだ10代の明治天皇は岩倉に皇室政治を牛耳られていた。明治天皇は即位後、生涯の心残りとして慶喜と面会し、許しを請うた。慶喜はその後、貴族院議員として公職に復帰した。
 これらを全て省みると、「他国ならば」当然ながら薩長方の軍事クーデーターが一般国民や無罪の人を含む人倫に与えた甚大な被害は内乱罪そのものなので、首が飛ぶなら薩長ですよ。
1.徳川家は攘夷(対外戦争)を行えば日本が植民地化されるのは明らかであるから神戸・横浜等を開港開国・軍制を近代化しつつ征夷の必要がある将軍職を返上し一大名として公議政体(国会)を望んだ
2.薩長と岩倉具視は軍事クーデターを画策し錦旗を捏造しつつ徳川家に冤罪をかけて内乱を開始した
3.会津の松平家を主とする諸大名は薩長方による冤罪を不正と見て抵抗の構えをみせた
会津松平家についての3.をより詳しくいうと、実際には大坂城を慶喜に何も告げられないまま江戸へ脱出し、恭順を命じられてからの松平容保は、どちらかといえば皇軍へ逆らう構えはなかったわけで、大名というよりその部下に当たる武士らが、薩長軍の不正を許せなかったといえますね。
4.徳川慶喜は明治天皇が10代で実権をもたず薩長や岩倉らに操縦されているのを知りながらも尊皇の義を貫くべく無血開城で世界最大の人口を持つ大都市であった自ら統治する江戸を戦火から救おうとし実際に成功した
5.イギリス公使(パークス)とフランス公使(ロッシュ)らは薩長方と徳川方に内乱を演じさせ植民地化の前提に国力を疲弊させようとしたが、慶喜に見抜かれ、徳川軍は新政府軍の一部となり天皇の下に全国統一的な新政体を樹立させてしまった
6.英仏両公使は寧ろ慶喜を擁護していた
7.会津の松平家や徳川家が小御所会議で冤罪をかけられていた(寧ろ江戸時代全体を含め長い間、征夷大将軍や京都守護職等として薩長のテロ行為から天皇や国民を守ってきたのに、突然、天皇が彼らを朝敵にすることはありえない)のは事実で、ただの軍事クーデターな以上、薩長政体は偽の政府でしかない
8.明治政府が正統性をもつとしたら天皇という徳川・薩長と東西両方の大名が支持していた存在が双方納得の上で君臨したからに過ぎず、慶喜への冤罪を看過しがたいものとして抗戦を進めた英仏両公使の立場は単なる傀儡戦争を超えた国際的人道に一致している
9.フランス革命でギロチンにかけられたのは王室であり、将軍ではない。もし単なる象徴に過ぎない存在に罪を着せるつもりなら皇室をギロチンにかけるべきとなるのでは? この論理の正しさは実際に幕末、パークスやロッシュがナポレオンを引き合いに慶喜を擁護したことでも裏付けられる。
資料:パークスやロッシュの当時の言動は、当時のイギリス公使であったアーネスト・サトウ著『一外交官の見た明治維新』や、イギリス外交官アルジャーノン・ミットフォード著『英国外交官の見た幕末維新』に記述がある。慶喜自身の言動は渋沢栄一 著『徳川慶喜公伝』に記述がある。
 また、貴君は皇室の女系天皇反対でそれは日本人の心性の総意との話だが、実際に女性天皇が8人10代居たのはいいとして、神道の最高神はアマテラスという女性である。ではなぜ男系継承などという意味不明な慣行があるのか。天皇は大量の側室をもっていた為、男系の方が子が多かったからに過ぎない。別の観点からすれば、もし男系子孫が途絶えた時、皇室を廃止するのか。恐らく貴君のいう心性の総意があれば、男系皇族の子孫が皇籍復帰となるであろう。2019年4月18日朝日新聞全国世論調査では、女性天皇は76%、女系天皇は74%が、それぞれ認めてもよい様だが、どちらが真の総意なのだろうか? もし本当に「日本人の心性の総意」を国民投票ではかった場合、かなり高確率で、女性・女系天皇を容認することになるのではないだろうか。なぜなら性差別を正当化する人達が、そこまで多いとは考えづらいからだ。実際、他国の王室は女系でも継承しているし、実権を持たない象徴になぜ性差別があるのか?
 なお尊王論者の中でも、徳川光圀のよう、万代一系論をとり、女性天皇から女性天皇へ代替わりがあったり、南北朝のようそもそも現血統が正統な男系後継者ではない事実があったりした以上、天皇の地位は代によって継承されてきたのが史実で、血統が根拠ではないという伝統的な立場がある。一体、2800年前の弥生時代付近に中国大陸等から渡ってきたと神話化されている一男系の子孫(称・神武天皇)が、先に12万年暮らしていた他の先住日本人の血統より、なぜ王権神授説の対象になっているのだろう。これは宗教と政治の混同による詐欺に過ぎないのは、ジョン・ロックが証明済みである。すなわち男系血統による継承に神格的な尊さがある、とする王権神授説の日本会議版は、単に男尊女卑を正当化する言い訳にされている。なぜなら神道の最高神が女性なら女系の方が神格を持つことになるだろうし、それどころか統治権は暴力によって得られたのが歴史上の事実なので宗教とは無関係なのだ。
 実際、GHQによる間接統治で、全権を持つ皇帝と神道教祖を兼ねていた天皇は人間宣言をした。天皇が神格を持っていない以上、血統にもそれは宿っていないので、やはり万代一系論の方が正しい意味での皇統原理だといえるのではないか? なぜなら女性天皇は男系のY染色体をもっていなかったのだから。もし過去の8人の女性天皇も嘗て男系子孫だったので彼女らのX染色体には男系の要素があるはずだというとしたら、彼女らの半分は、そして現天皇の半分は尊くないというのだろうか? なぜ男系子孫に入るX染色体を蔑むのか? 即ち歴代天皇は半分しか正統性がないことになるので、やはり論理矛盾である。
 女系天皇が皇位継承した場合、一体、日本国民(或いは日本人)の心性の総意はその天皇を拒絶すると貴君は思うのでしょうか? その様な下卑た性差別主義者だらけの、民度の低い国家だと、この国を思うのですか? 私の見る限り、女系天皇でも象徴の務めは十分果たせるでしょうよ。他国もそうですから。
 冷静に考えて進路は3つあり、女系天皇容認、男系皇籍復帰、皇室廃止です。貴君は2番目の立場とのことですが、私は3つ目の立場です。なぜならそもそも皇室は身分差別の名残に過ぎず、その様な不条理な制度を維持する費用、負担や思想への影響は国全体に公害だといえるからです。政教分離も必要です。国民一般は朝日新聞世論調査が真実なら女系天皇容認ではないでしょうか。即ち男系皇籍復帰論は、右翼の一部、特に日本会議などの政治団体が、上述のクーデターによる不正政権であるところの明治政府の正当化に使う論法の一部にされているので、飽くまで明治懐古趣味派の一部の論理といったところです。

※このブログURLは2019年6月8日に
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