2019/05/13

公共消費論

「日米の企業文化は倫理観の差もありつつ主に力勝負で半ば無理やり作り変えられてきた」の続き)
あなたが「投資を含む二次的消費」や「家計の効率」を、単なる一次的消費より経済発展に重要だ、と考える立場について、より詳しく(できたら経済学的に)考えてみます。興味があったらお読みください。
 先ず大阪(旧大坂)商人は「汚く稼いで綺麗に使う」といわれていたよう、商人が淀屋橋など町橋を盛んに架けていた。つまり江戸の商人に比べ公共財に近い消費の仕方を賞賛する傾向があった。あなたのいう消費は、恐らくこの類の公共投資を、私人が代行する場合、特に当てはまる面があると思います。対して消費に色をつけない立場もあり、「江戸っ子は宵越しのカネをもたない」東京経済の特徴といわれていた。この俗諺は蓄財より消費の方が優越してた楽観的な江戸っ子、旧東京都民の経済観が現れていると解釈できます。例えばZOZOの前澤友作氏も(多分千葉県民でしょうが)消費するほど金儲けに繋がると言う。
 財の分類図(財に競合性、排除性を想定し、それらの組み合わせを4象限に分け、それぞれ私財、共有財、会員財、公共財とするもの)でいえば、江戸っ子的消費は全消費を肯定するが、大坂商人的消費は特に公共財への消費を肯定する傾向がある、といいかえられます。あなたのいう二次的消費は、公共投資と賭博への消費(私的財への投資)を比較していた通り、後者の要素を含んでいると考えられる。即ち二次的消費とは、特に非排除的かつ非競合的な傾向がある財への消費を指している。しかも単に空間的にのみならず、時間的にも将来の経済活動を有利にする類の耐久的な公共財があり、公益性がより長期に渡る公共財が考えられる。これを時間的公共財とします。例えば、事故後の原発は公害が将来に渡るので時間的公共財がなんらかの有害さを含む場合です。
 因みに私の作った概念だと、複利性を持つ耐久財(複利耐久財)と、瞬間的に費やされ効果が蓄積されない消費財(瞬間消費財)という対立概念があり、時間的公共財は複利耐久財の一種ともいえるでしょう。
 また「家計の効率」という概念ですが、家計は典型的な経済主体の概念では、一般的に消費主体とされているが、この概念では家計も部分的に生産販売(利益追求)の主体にされている。特にこの場合は個人投資による収益を含め考えられているので、企業から賃金以外の投資収益が想定される。いいかえれば江戸っ子的消費の主体として家計が考えられていない。なぜなら江戸っ子的消費では家計が非効率、つまり時間的公共財ではないどころか瞬間消費財に投資(消費)しても、それは肯定されるからです。家計の効率(家計単位のROA向上)という考え方は需要を一部制限又は自主規制する。いわば家計の効率を追求すると消費の一部へ抑制効果があり、特に瞬間消費的な私的財(例えばスマホガチャ)の需給が減る結果になります。あなたも指摘していましたが、これは第一に部分的に公私混同なのではないでしょうか。つまり江戸っ子的消費は公害でなければ自由なわけです。第二に家計の効率は、ここでは貯蓄を危険資産に振り向ける誘因を含む(例えば株式投資は不確定的に損し得る)ので、或る家計が安全を最優先する傾向があるなら株式等の投資収益を排除するのに加え、実際に企業の単位でも他の企業への投資は効率という面で、金融業者を除けば一般に望ましくない。もっというと純粋に利益追求するなら本業で競合他社に優越する必要があり、家計単位で生産販売すると考えた場合も、金融業を本業にしていない人の場合、投資収益に頼る際の総資産利益率は単なる競合に依存する可能性があります。つまり他の個人投資家に比べ無能なら株式投資は時に家計を貧しくする。
 結局、「投資を含む二次的消費」は公益性の高い時間的公共財のうち複利耐久性が高いものを選好させるという意味で、一種の公徳を含んでいるといえますが、この財への消費を投資という一般語で呼ぶのは曖昧なので、「公共消費」又はより一般化し「皆の為の消費」というと分かり易いかもしれません。例えば老人が一生かけ蓄財し莫大な投資収益が貯まっていても相続者がいなければ死後、国庫返納される。家計は企業のよう公共性をもっていない。したがって非効率で瞬間消費的な私的財に全てを費やしていても、それもまた個人の自由なわけです。ただの成金と豪商への敬意の差が出る程度でしょう。
 最後に付け加えると、偕楽園は水戸の徳川家が私庭の一部を愛民思想に基づき公共財にしたもの(公共消費)で入場無料だったのですが、元マイクロソフト社員の現知事がはじめて、庭の一部を有料化し会員財にしたがり幾らか議論されてます。ビルゲイツならどうしたでしょうかね?

※このブログURLは2019年6月8日に
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