2019/04/06

ミューズとの対話、あるいは

あいちトリエンナーレ2019。性差(ジェンダー)平等って、どんな異性っぽい感じ、或いは中性的だったり無性的だったりしても、それは社会が作った文化的偏見のおしつけだから、みんなよいことにしようぜ、って意味ですよ。それをなんで性別(セックス)平等の子供の学級界みたいなことに矮小化しているの。
 まあでも、美術界の(少なくとも欧米の美術界の)評価基準は本当に厳格というか、コネも含めてかなりきっちりと論理的に作られているから、僕ですら穴が見つかりまくる試みやって大衆受けしてる日本のアートファンの知性の質が低すぎる、というだけではあるんだが、それが偉ぶってるからうんざりする。
 美術界の中からみても、性差別なんてしてる人いませんでしたよ。美術史を紐解いてもらえばわかるけど、女性アーティストは沢山います。データは恣意的に引用できるってことです。
 今まで逆差別を建前にした狡猾な差別って、そういうものがあること自体そこまで想像しておらず、なんとなくある様に感じていたが自分がいざ被害者の一人になると、本当に憎むべきものだなとわかった。差別自体より陰湿なのは、正義づらの極悪衆愚が大勢で集団虐待するのは一緒だが二重基準なんだよね。日帝人が白人の振りしてアジアを守れ! といいながら、少数派アジア人の差別を続けていた構図とそっくりだ。表向きの建前さえ性差平等(社会的性差、男女らしさからの解放)の本来の意味から全く外れたものを謳ってるのに、実質はなぜか機会不平等をごりおしする、男性美術家全体への虐めなんだ。僕の親友みたいに女崇拝者すら身近にいたし、女性アーティスト(建築家)の下に弟子入りにいった僕が現に男性美術家なのに、扇動された衆愚から「男女差別主義者」呼ばわりされ、女なら泣いてたろうけど子供の頃から男の子は泣くなといわれてるからとにかく物凄く悲しいのに泣けない。それも悲しい。胸が張り裂けそうな悲しみどころじゃなく、宇宙全体がばらばらの画布になってどれも小さすぎて拾いきれないのに、それを完成させないと永遠に人間にもどれないみたいな心の痛みだよ。
 妹島さんを全芸術家の中でも優勝台争うくらい尊敬してる自分が、なぜ差別主義者の一員にされなきゃならないのか。津田さんが完全に美術界を差別しようとしてるだけなのに、それが素人の卑しく、おろかで邪悪な人達に正義づらで拡散され、ますます心が傷つけられまくる。今まで生きてきた中でも物凄く傷ついたことは沢山あったが、今回は心の傷どころじゃないな。親友結婚子供いるのを知ってショック受けた直後、大震災と原発事故のダブルパンチ食らってる中で、2chで匿名の極悪人達が散々僕の実名に成りすまし悪業三昧してるのを眺めていた時の悲嘆より深い沈痛だ。アートの素人がアート界を知ったかぶるという構図そのものが俗悪なのに、知ったか面で、身近でみてきた偉大な芸術家達が一方的に極悪衆愚から差別されまくるんだから。これほど邪悪な光景をこの世でみることになるとは。愛知県は呪われているのか。恋人に手紙を書いて戦陣に散った芸大生の自画像の前で、男女差別主義者よばわりされる魂が、私に向かっていう。「お前だけが頼りだ。我々の声を届けてくれ」
 もう声をからして訴えたが、自分のみている衆愚達は反省などしないだろう。
 芸術家は性差別主義者しかいない、と罵るナチスに扇動された極悪日本人衆愚が、毎日お前の所にやってきて「ひどい!」「よく知らなかったけどこの馬鹿!」「しんでしまえ」などと罵り、愛知県はがっぽり金を儲ける。勿論、愛知になど何の関係もないのに。単に絵が描きたかっただけなのに。心が傷つけられたなんてもんじゃないわ。今回のは。絶望を超えたものだ。強制収容所で虐められまくって死を待つばかりのユダヤ人の気持ちが少しはわかった。日本人ナチスって人間というより悪魔だな。
 勿論私は生まれてからただの1度も性差別なんてしたことがない。なんで姉に世話されて、母と祖母に世話されて、一緒に遊んで0歳から育ってるのに、女性差別なんてすると思われているのか。女性に囲まれ、女性に頼って生き延びているのに想像もできない冤罪をかけられ自白しろ罪人めと集団脅迫される。今気づいたが、やっと冤罪ができあがるしくみがわかった。思わず自分も、憲兵連中の汚い集団虐待で、芸術家達は性差別主義者だと、ありえない供述をしてしまいつつあった。これが原因なのか。何とか正気をとりもどしたぞ。
 どれほど集団虐待を受けても、死より苦しい思いをしても、心にもない供述をするべきではないな。私は生まれてから1度も性差別なんてした試しがないし、私の周りの美術関係者はただの1人も性差別主義者なんていなかった。生まれてはじめてそういう考えをもった人を見たのは都内の、専門学校長だった。そのロボット工学系の専門学校長は私に密室で、確か「女性相手に本気で議論するなよ」等といった。東大博士だった。今でもこの人が何をいいたいのか何一つわからない。私は当時、妹島和世さんの事務所に通っていて、女性建築家の下で働いていた。あの校長は本当に世間知らずなのではないかと思う。
 明らかに男より優秀な女がいることは誰の目にも明らかなのに、女性相手に本気で議論するなとはなんのことなのか。あの東大博士は本当に世知とか倫理の知能は低いのに違いない。私は今、あのロボット工学者がいっていたことを馬鹿かと思う。今まで「なぜあんなことをいったのだろう」と感じていたが。あの東大博士ロボット工学者は、余りに世知がないので「性別」というカテゴリー認知で物事を過度に単純化し、おそらく東大工学部だか理学部だかから海外の大学院で学位を得て帰国し教授になるという一生のルートの中で、殆ど優秀な女性をみたことがなかったことによる偏見をもっていたのではないか? あの博士は、もしかすれば女性をひいきすることが紳士なのだ、という実に誤った考えをもっており、手加減して議論しないと女なんて簡単にひねりつぶしてしまうだろう? といいたかったのだろうか。それならなぜ妹島さんが一番優れた建築家だと10代の私は思ったのか。
 津田氏による美術関係者一般だか全体だかへの性差別主義者よばわりには、その事実がない以上、客観視しても擁護できる点が何もない。提出している資料は単に結果として女性が出世したがらない、という社会一般の既知の構造を、美術関係者だけに恣意的にあてはめて、偏見づけたものだからだ。学芸員や美大生といった「結婚までの腰かけ」か「結婚後も続けられる軽い仕事」の男女比(性別比)は、同資料でも圧倒的に女性が多くなっている。どうみても、専業主婦か兼業主婦となりたがっている女性らが美大から家庭に入る、その後は大変な仕事は避けるという意味だ。私の姉が、まさにそれで、私が子供の頃「漫画家になりたい」「アニメーターになりたい」といっていたが、美大に入って今の夫と出会ってからは方針転換しまくり、主婦になってしまった。私が姉のあとを追い画家になり制作を続けていたら、姉が私を虐めてきたこともある。理由は当人が夢を諦めた嫉妬だ。しかも私の姉は私に、私は意味がわからなかったが学芸員の仕事を勧めてきたことさえある。画家になろうと15歳で決め歩んでいる自分がなんで学芸員やるのか、全く意味がわからないのだが、姉みたいな腰かけ系中途半端美大生というのは美術をただの生活の為の商売とみてるのだ。金もらえるからやれと。女子大とか短大とかそんなのと一緒のノリで、美大を選ぶ女性ってのがわんさかいて、その人達はアーティストになる為にならどんな労苦でも買って出るなんて考えは一毫もない。単に印象がいいとか楽しそうとかで入って、美大でてもろくに食えないと分かってる本気勢(俗語でいえばガチ勢、ガチンコ勢)もいるから、一見ですぐ諦めてしまう。
津田「わかりやすくガラスの天井がある業界」
はい、嘘。だって私の姉の方が先に出発してるのに、しかも姉の方が食える分野(商業美術)なのに、美大に入ったその瞬間、同級生のがうまいとかであっという間に諦めて、日本画科にいた夫に発情して、その後も追っかけて結婚して子供いるんだから。僕が女として生まれてても、少なくともこの魂なら絶対諦めずに仕事を続けてたろうから、妹島氏みたいになってたよ。男だって天井しかない(というより天井しかなくて、そもそも出世自体がない)絵描き業界なのに、女だからひいきされるはずだってどういう発想なの。最後まで一人で絵を描くだけだよ?
「最後まで一人で絵を描いてください」
この課題を、どんなに周囲から差別され、どんなに精神病扱いで命を狙われても、とにかく毎日、或いは辛すぎたら時間をおきなおして、また画布に向かって続けられるか。それしかないのに、ガラスも何も、天井自体もないし。最初から。性自体がないよ。絵って。天井しかない、と、天井自体もない、って矛盾してるな。要するに純粋美術の世界って出世っていう概念がないんだよ。絵を描くだけだから。その絵が素晴らしいかどうかを全人類がみてるだけです。性なんて世俗的なものは、絵の具を画布にぬりつけるだけの作業に関係してきません。
 やっぱり何度考えても、普通に芸術家を諦めたやつとそうでないやつがいるだけで、性なんて何一つ関係ないよ。本気で。教授になりたいから媚びうるとか、それ物凄くレベルの低い世界の話で、それは芸術家の世界じゃないよ。ただの教授の世界だよ。教授って専業じゃないでしょ殆ど。教授は教授だよ。画廊の世界、教授の世界。美術館の世界。これは芸術家の世界じゃないから。ただのぶら下がってきてる業界団体だよ。そこの人達と一緒にしないでほしい。簡単に言うとサッカー選手が人種差別してる! っていわれたら怒るでしょ? 我々も選手だから性差別してるとかいわれたらぶちぎれていいとおもう。どうしようもない作品しか作らない男性作家(五万といる)より、レズビアンだかホモだかアセクシャルだか全然わからんけど超天才の最高傑作に感激するに決まってるだろ。なんでそんな低レベルの話をして、芸術家をそこらのサラリーマンみたいにいってるんだ? 考えれば考えるほど腹が立つな。
 セザンヌが女性だか宇宙人だか去勢したトド(注・決してセザンヌの名誉を貶めるつもりではありません。セザンヌは尊敬すべき画家でよい作品も多いと思います)だかだったとしても、偉大な画家だったという歴史的評価には何一つ違いがないよ。
 下衆はみないことにするわ。みたのが悪かった。時間だけ無駄にした。
 本気で絵を愛してる人が絵以外で作品を評価なんてしてたら最初から絵描きになれないよ。だっていい絵が何か判断できないじゃん。自分の絵を評価しないと前に進めないのに、私が男性だからダメ、女性だからダメなんていってるわけないよね。意味がわからないし。絵は? ってはなしだよ。
 下衆の世界が侵食してきただけだな。みなけりゃよかった。
 僕の姉はアニメージュだかドラゴンボールだかジブリだかディズニーだかが好きで美大いったくせに、すぐ諦めて子育てして人生に満足してるわけじゃん。自分で周りに流されてそうしてんだから当人のせいだろ? だーーーーれも美術諦めろなんていった人いないよ? 自分で才能ないとかいい諦めたんだよ? はっきりいって俺の方が姉の51兆5151倍くらいは罵詈雑言いわれまくってきたが、普通に一度も諦めた験しがないよ。姉とか一度も文句一ついわれてないぞ? 寧ろ褒められてたぽかったよ? 卒業制作も。俺は無視されるどころか美大芸大おとされ二軍扱いされ努力してない呼ばわりとか無数にあるよ。
「びびって諦めただけ」を「ガラスの天井」におきかえ、「女ひいき」を「性差平等(なぞ)」におきかえ、「アーティストにぶらさがってる業界人」を「美術関係者」におきかえ、「美術批評」を「批評なんてもんじゃない」におきかえる。すごいダブルミーニングぶりだ。素人とかいうレベルではないな。妹島和世さんはビビッて諦めてもないし、女ひいきも全くされてないと思うし(普通に仕事人間にみえた)、美術批評もしぬほどされてるはずだけど、24時間仕事してたぞ? 海外から帰ってきてもすぐ深夜に打ち合わせしてるみたいだった。本気で美術やってる人だったら仕事でしか評価されないよ。
 冷静に考えるわ。野蛮な政治系記者が神聖なる無性世界に侵入し、私達聖職者を冒涜しておる。芸術の神、ミューズよ。われによき道を照らし出したまえ。一体あの野蛮人共の大騒ぎをこの神殿に至らせてはなるものか。私の声がきこえますか。きこえるなら、芸術家達よ。心配いらない。もうすぐ業がきます。私はMuse。美の神、美の神殿を司るもの。私の聖域に野蛮なものは近づけません。安心してください。私は神、人の世のできごとは私達神々の世界には入れないのです。私の神殿をいつも綺麗にしてくださっている美術家達よ、ありがとう。性のなき美の世界、神々の世界にとって余りに俗な光景に心を痛めているのですね。私の目には、ちょうど聖なる泉に入り込んでおぼれているありさんたちの様にみえますよ。あの方々に、この神殿の空気は余りに清浄、余りに静かなのでおびえて、大騒ぎしているのでしょう。だから動揺しないでください。
 Museのうちにあるものはこの世の奥にあるものです。一体なぜあのように礼儀しらずの野蛮人たちがこの高台にある神殿の前庭に入り込んでいるか。みえますか。この水がめの中に映っている彼らの傍若無人ぶり。大丈夫。神殿の入り口にある階段に立つ、庭師達を御覧なさい。みな笑っているではないですか。彼らのおかしなふるまい、性のないこの世界で、差別という俗界の概念をもちこんで、私達の日々のくつろぎをののしるのは、ちょうど雨の降っている中に砂糖細工をばらまくのと一緒。あっという間にとけだして、また俗界にころげおちてしまうのです。堕落した人には堕落した世を。おお神のお告げだ。しかしときにミューズよ。なぜあのようなものが私達のこの神殿の前庭にはいりこんだのでしょう? 俗界ではなにかがあったのでしょうか。美術家よ。あなたもよくご存知のよういまこの国では独裁政権があばれています。天皇と名乗る世俗の教祖も憲法を破って、世は乱れ、人々は混乱しているのです。
 たしかにそのようなうわさは耳にしたことがあります。たしかここから南のほうに巨大な蛮族のあつまりがあって、そこでお祭り騒ぎをくりかえす人達がいるとか。美術家よ。そのとおり。私達がみているあの訪問者たちは、その蛮族の中からやってきて、差別という卑しい振る舞いをくりかえしているのです。差別とは一体どのようなものなのですか? ミューズ。私はそれを一度もみたことがない。美術家よ。しらなくてよいことはしらないままでいいのです。ちょうど月がつねに裏面を知られずとも美しいよう、俗界のありさまは神々の世界のありさまの背後にあって、しかも同じものなのですよ。はい。
 私達、美に仕えるものは、俗悪なるものどもが何をしているか知らずとも同じなのです。なぜならこの世の美はつねに、すべてのものの一面だからなのです。ミューズ、私はどうすれば? 絵を描くのです。それも素晴らしい絵を。わかりました。では、私は彼らを追い立てたり、場違いなところで神聖なるあなたへ尊厳を欠くふるまいをしているなどと、なにか返答しなくてよいのですね? 大丈夫。この神殿に仕えている全ての美術家たちは、私がいわずともそうしてくれるでしょう。御覧なさい。醜い姿をしているでしょう? 彼らは。
 あなたはただ静かに椅子に座り、あるいは時に立っていつものよう考え事をしながら、ゆっくりとこの神殿に神々の麗しい魂を描いていくことです。あなたは不死です。肉体の代わりに魂で、私達の世界に触れているのです。ミューズ。私の体は人間ですが、あなたの仰せの通りに。『Museumでの対話』より

※このブログURLは2019年6月8日に
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