2019/03/03

現代美術の客寄せには自称普通の人を発狂させる常識の異化作用が有効

会田誠の猥褻講義がツイッター上では、マイナー分野の現代美術界では珍しくとっても炎上してそうに見えるけど、会田の作風が猥褻だなんて今更? って話だから、確かになんか一般社会側にとって現代美術への偏見を強化する様な面があったのかもね? 村上隆とか同人誌作家が炎上したらどうなるんだろ? 会田の件でわかったけど、美術やってる人、本気で自分からもっと炎上させないとダメだね。一般社会側って美術の文法に弱いのがよくわかった。炎上させるほど勝ちなんだね。
 場違いな場所に行って会うべきでない人と会い、摩擦を起こしまくり、場違いなことや空気を破壊しまくり、自分を(美術的文法を駆使して一般社会をからかいながら)炎上させ目立ちまくる、というのが今のメディア環境の中で前衛性を持つということだね、これは。昔、東京で独り暮らししてたころ、テレビつけたらジェイコムの番組に僕の高校の同級生の緑川君が出てて、だいぶ空気壊しつつ「なにやってるひと?」とか言われてたんだけど、まさにああいう状態を維持しないと現代美術がメディアの中で意味をもたないってことの様だ。
 一般社会、いわゆる並の労働者という商人達が発狂する様な挑発を連続してやりまくる、それで常識の固化作用自体を希釈しまくり無効化するというのが、現代美術の役割だと思った。イケハヤやはあちゅうは炎上ブロガーとして挑発芸で食ってる様なもんだったろうけど、あれに学んで、挑発表現をもっと極度の洗練(というか普遍的な扇情)に結びつけるべきだな。常識をもっていると思い込んでいる「自称普通の人」が誰でも発狂する様な挑発度に進んで、それを社会の中心で起爆する。
 会田誠作品で、イギリスのどっかの公園で裸の日本女にオタク絵をペイントして公然猥褻で躍らせるというやつあったけど、全く炎上してない。なのに今回は相当炎上している。素人が発狂することをするというのが大事らしい。(そのオタク裸族作品がよい作品だとは全く思わない。常識の異化が素人多数の脳天を直撃すると、炎上商法として有効だといっているだけ。なお僕が一般社会を挑発するとは言っていない。「炎上商法が現代美術でも有効なのはよくわかったが、どうせ素人になに言っても通じないだろうな。大袈裟にやっても無反応だったり、謎のところで素人アンテナが反応し炎上するのだろうし」と思っている)

※このブログURLは2019年6月8日に
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