2019/03/20

天皇抜きの国民政府を作ってはじめて日本は民主化する

辺野古基地の問題は、長州閥(山口県の国会議員の閥族支配体制。岸信介、安倍晋太郎、安倍晋三を含む)の系譜が米国CIAスパイとして日本の情報と実質的支配権を米国政府に受け渡し、その報酬として日本の首相権力を後援してもらう、という密室取引の限界が露呈している。長州閥の売国統治体制と同時に対中前線基地として日本が米国政府の盾にされていることを最も如実に示しているのが、海を隔てて中国に接する沖縄なのだろう。日本国民一般側は自民党一党支配体制や、その背後にうごめく日本会議・神道政治連盟所属議員らの天皇妄従に従属的なので、結果的に長州閥売国統治の形に妥協してしまっている。そもそもその様な支配体制の何重にもなった操り方に無知だし、知る由もない。
 メディアから簡単に扇動され、政教分離できておらず(天皇を妄信し)、匿名で感情的に群れ差別やいじめをし、一党支配を当然視して政権交代文化すらなく、マスコミも民間人も推定無罪を理解できず、警察・検察も旧時代的で人権を殆ど守っていないファシズム国なのが生まれ育った限り全くの事実で危険。日本が自由を憎む天皇制ファシズム国、というのはいまだに何一つ変化していない。その種の自由をひたすら抑圧・弾圧するドイツ軍式教育は、ドイツ帰朝者の伊藤博文による移植を経て明治から平成まで一貫して続いていて、既存の官尊民卑とあいまって公教育を殆ど地獄の様な場所にしている。日本式の教育で洗脳されると、それ以後、全体主義的な行動原理を当然視する様になってしまい、個人の自由をひたすら抑圧・弾圧する側に回る。その極度に進んだ姿が国家公務員(中央官僚)であり彼らの拡大再生産する反自由ファシズム体制が、低成長・非挑戦・型通りの人生という絶望的な日本人を作る。
 天皇に全てを丸投げし、考えることをやめ皇室の奴隷になり、その宗教権力の傘下に置かれた日本政府・企業から社蓄として過労死寸前まで搾取され、最大限徴税されるのが国家公務員の作りたがる日本人像である。明治から平成まで天皇奴隷制国家の構築の為、天皇権力を笠に来た長州閥支配が続いてきた。なぜ長州閥が天皇奴隷制国家を目指したかといえば、徳川支配を否定し、山口県の旧外様大名・毛利家の地位を向上させること、それを通じて山口県民自身が幕藩体制を覆して上位者ぶる野望が根本的な目的だった。この為に吉田松陰は北海道・沖縄・アジア侵略を主張した。目的が野望なので末路は悲惨だ。山口県民が吉田松陰に影響され、長州閥の政治家らや、実業界では鮎川義介や柳井正といった人物を首都圏に送り出した一方で、そもそもの松陰イデオロギー(侵略主義や天皇奴隷制国家を含む)は彼らの中で少しも批判されておらず、逆に神社に祭られ信仰対象にされている。安倍晋三もこの後胤なのだ。国民国家としての体裁はGHQがもってきた物で、松陰イデオロギーと根本から対立している。安倍晋三やその祖父・岸信介が明治帝国憲法に回帰したがっていた根本的な理由は、彼らの松陰イデオロギーへの偏執にある。天皇奴隷制国家(中華皇帝を模した一君万民論)にとって民主主義は都合が悪いのだ。松陰を動かしていたものは、幕藩体制への恨みだった。そのルサンチマンの向けかえられた先が、天皇奴隷制国家の確立(天皇大権の肯定、国民主権の否定)だった。日本会議・神道政治連盟に所属する自民党議員らに共通の目的意識は、日本から民主主義を奪い去り、天皇の名の下に独裁権をふるう、伊藤博文を類型とした明治国家体制の模造である。そしてそれを現に実行しているのが安倍晋三という伊藤から150年目の、同長州閥松陰イデオロギーをもつ独裁者なのだ。大正民主主義を弾圧した薩長藩閥の後裔である安倍晋三・麻生太郎の両氏が、平成末期の民主主義を天皇奴隷制国家(天皇大権による国民主権の否定)へ向けて再び退行しつつあるのは、彼らの脳が150年前の吉田松陰から一歩たりとも前に進歩していない証拠だ。恨みをもつ明治の亡霊が国を荒らしている。
 正しくは、松陰イデオロギーの基盤になった、水戸学の尊王論自体を否定しなければならない。徳川斉昭『弘道館記』に基づく政教一致の原則から離れ、政教分離の真の国民政府、天皇抜きの政府を作り直さねばならない。国民のみの新政府の元での時代が、真に国民自身が日本の主権を持った日になるだろう。

※このブログURLは2019年6月8日に
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