2019/03/21

茨城から全世界の美術史を自分が革新する

日本って米英仏と違ってハイアートの市場が恐ろしくない(漫画アニメなどのサブカルか、ガラパゴス化した公募展美術、又は中世的な写実画が殆ど)。村上隆は日本市場での自分の評価はゼロだといっていた。この意味で、ハイアートで生活費を得られないから日本国内で我々は永久に職能を生かしえない。
 日本国民一般は欧米美術史の教育を受けていないから死ぬまで現代美術に追いつけないし、サブカルのよう無教養な商品市場で満足しているからハイアート側に関心すらない。専門家だけはそれができるが、今度は国内市場がないので、Kaikaikikiの人達のよう製造輸出業者になるしかない。前衛の死地だ。
 結局、国内で美術作品で生計を立てるには村上のスーパーフラット理論に則って中教養な中間芸術という中途半端なものに落ち着くしかないのかもしれないが(素人には漫画にしか見えない奈良美智のオールオーバー絵画のよう)、少なくとも自分は自ら馬鹿の演技をするのに耐えられなかった。自分を中心に日本国内にハイアート市場を作り出し、米英に追いつき追い抜くか、さもなければこの国を諦め、高尚な芸術を目指す人は米英仏に移民して欧米美術史の一部になるかだ。村上隆は後者であり、自分は今の所前者を試みている。それが不可能なら日本を捨てよう。
 自分の生前に日本で自分が米英の美術思潮から先に進んでいる芸術家として世界に名を轟かせ、死後は自分の作風を参照した日本人らが米英より進んだ前衛性を国内発で発揮していければ、自分の美術史に対する現代的意義は果たされたといえる。
 この国の美術界の問題点は、先ずハイアートの市場が全くないことに尽きる。なぜなら米英で確立済みの投資・売買対象としての前衛市場がない。クレメント・グリーンバーグの様な重要な前衛主義の批評家が未出現で(美術史学や批評水準が低いか、学問的でなく低俗)、法も作品寄贈や競売に不利すぎる。ただでさえ美術市場規模が巨大な米英仏で、しかも法や政府が前衛を後援さえしており、国民側に芸術への理解もあるのだから、言語の壁さえ乗り越えられれば移民または輸出した方が早い。だが自分は茨城県や北茨城市を中心に、世界美術を革命したいのだ。東京を潰し、米英を乗り越え、世界史を作るのだ。
 自分の地元、すぐ近所で(自分の祖父母の代に)大観ら五浦派の前衛画家らが重要な近代日本画の革新を行っていたのを間近に体験して自分は知っているし、唱道者の天心が日本発の世界美術を志向していたのも確かだから、自分は文化的にその後継者なのだ。彼らの大志は自分が確かに果たすだろう。全盛期の東京文化、サブカルチャー群がどれもこれも下らない偽美術だと知れ渡った未来において、自分の作品だけがこの時代の粋だったと、世界中の人達が知ることになるであろう。

※このブログURLは2019年6月8日に
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