2019/02/11

かね儲けせず奉仕することが青い海の正体

かね儲けを人生の目的にしていた人達は、結局その過剰なかねを慈善事業に使う他なくなった。聖書箴言28:8の「利息や高利によって貴重なものを殖やしている人は、立場の低い者たちに恵みを示す者のためにそれを集めているにすぎない」は、ことここに限っては確かだった。逆にかね儲けを避ける人は、その人の行う全てが同時に常に他人の為になるのだから、純粋に全利的な存在である。
 単に自分のかね欲しさにかねを手に入れようとしてはならない。それは同時に常に他人の持分を減らしていることだからだ。かね儲けは有限の法定通貨の取り合いであれば常にゼロサムゲームである。だからこの遊びをする者は、常に他人の敵意と戦わねばならない。かね儲けを市場の歪みを利用した法定通貨の寡占ゲームと考え、その練達を仕事にする商人は、結局赤い海から逃れられない。
 人が市場で救われるにはプラスサムゲームの参加者となるしかない。少なくとも芸術はその種の仕事である。芸術作品はあればあるほど何らかの知能の発展に益し、それが換金さえされなければ法定通貨を奪い合う羽目に陥らずに済む。だから芸術家の中でも商業作家は、やはり商人と同じ悪徳に陥ってしまう。商人は利己心という悪意の故に他人を搾取する。彼らの動機は他人を貶め、自分が他人よりかねを集めたいという幼稚なもので、建前は全てこの利潤追求の言い訳に使われている。商人世界の中では無限の奪い合いという競争原理が働くので、その市場では労働の苦しみが限界を迎えるまで相互収奪が進む。投資や不動産運用等の知的労働においても事態は同じで、ラットレースは赤い海が血だらけになっても続けられ、結局そこでの勝者も慈善事業によって世間のねたみを晴らすしかできない。死の競争が商業界の全てである。ネット商人の一部は、飽くまで商業界の拡張を意図し、ニッチ商品の開発でかね儲けにしがみついている。そして大勢の商人がここに追随しようと殺到している。だがこれも赤い海の中での出来事だ。
 根源的に地獄を逃れるには非商業的な行いを仕事にするしかない。つまり奉仕においてかね儲けをしないことだ。しかも、できるだけ優れた奉仕活動をするようあらん限りの知能を働かせ全人類の幸を増すよう知恵を絞らねばならない。それが真の青い海に泳ぐ最良で唯一の方法なのである。かねをとらないことを鉄則にした全力を使った奉仕活動によっても、自分の食べる分が誰からか供用されなければ、その国は生きるに値しない国であることが明らかである。他人を奴隷化している国民、他人を奴隷と思っている非人間的な悪徳商人は、奉仕された相手を利用するだけして見殺しにする。

※このブログURLは2019年6月8日に
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