2019/02/05

奥ゆかしさについて

直接的表現を忌み、できるだけ婉曲的に物を伝えようとするのは、上品さの一種なことがある。日本語でいう「奥ゆかしさ」は、他文化の事情と異なる場合もあるが、文化的洗練の一種と受けとる方が正しいのではないか。日本人自身、直接的な物言いをできるだけ避ける様に進歩してきたのだから。自分の知るかぎり英語にも回りくどい敬語があるし、婉曲表現が上品だという観点はイギリス英語にもある。なぜ上品さの一種をコミュニケーション障害扱いするのか。京都弁が外部の人にとって非常識的なほど婉曲表現の慣行に特殊な進化をしているのはよく知られているが、その弱勢が日本語の要素にもあるということでしょう。
 逆に、日本語では直接的すぎるが、外国語ではもっと奥ゆかしい表現をしている場合もよくある。つまりは自文化への自虐的観点というのも、ある種の自文化中心主義にすぎないということだ。

※このブログURLは2019年6月8日に
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