2019/02/07

肩書きと実質の乖離度による経済学的現象について

立派な肩書きを過剰評価に交換してきた人は、死後急速に忘れ去られる。その人の残した業績にはなんの実質もなかったとばれるからだ。なにかのきっかけで生前に権威が失墜することもあるが、それ以前にこの種の偽物へ貢いだり、騙されたりしている人は経済的損失を伴い、大いに人生を徒労している。
 Signaling、信号づけが実質からずれ過度の装飾になる場合をマイケル・スペンスは想定していなかった。学歴洗浄や既存の肩書きに与しない潜在能力がある上に、そもそも公的学歴なしに学位以上の知識や技能がある人がおり、入試制度や卒業難易度のばらつきから学歴と実質は必ずしも一致しない。逆の信号づけとして負担(handicap)原理がより実質のしるしとして有効になるのは、肩書きと実質の乖離が広がるほどそうである。私は自分のブログの中で相当昔にこのことを記述していたのだが、学会誌に載せていないからノーベル経済学賞をもらえていない。無論この負担が私の知性の証拠となるだろう。

※このブログURLは2019年6月8日に
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