2019/02/11

卑しさと呼ばれる思考の癖について

卑しい人のいうことやその人の悪解釈の癖、誤解の仕方、無知さはほぼ理解できない。が脳が情報島で賢愚がただの差なら、自分からみて卑しいと感じられる人の脳はその人特有の情報咀嚼の癖をもっているだけとも捉えられる。この処理法の他害性が高いと我々はその人を卑しいと感じ、育ちや生まれを疑う。卑しさはこの意味で愚かさの要素を含む脳内の他害的体系である。我々が卑しい人を理解できないのは、相手の脳内のこの体系が想定外にあるからだ。
 私は卑しい人をも尊い人を学ぶよう理解できないか試したが、それがほぼ無理だと知った。なぜなら愚かさには不定形で偶然の誤解や、妄想といった他人には窺い知れない要素が多分に含まれる上、悪解釈の癖は当人の他害性への性向で、元々この悪徳を避けようとしている善意の人がなんの予備知識もなしに身につけたり、想像したりするのはとても難しいからである。辛うじて悪徳というものは想像で補えるだけだが、これも自分に実体験できることを超えているので、我々は卑しさと呼ばれる思考の癖について、もし大衆の研究として意味があるなら、改めて抽象化し再学習する必要がありそうだ。

※このブログURLは2019年6月8日に
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