2019/01/06

人格主義と理科についての批判的考察

人格主義(カントの定義した、人間を目的と考える態度)をもたない人は他人を多少あれ道具視しているのだから、単につきあうのに危険な人物であるばかりか、当人に致命的でないとき人を機械同然に傷つけ殺してしまう。ほぼ理科の教育だけを受けた人達の一部における道徳性は見るも無残なもので、良識を持っていないばかりかサイコパス同然の他害的利己性を知性一般と混同している場合さえある。理科の専門教育は、その基本文法としての数学も含め形而下学、自然学でしかないのだから、アリストテレスの分類にならって形而上学、後自然学としての諸社会学、そしてこれらの最終段階たる倫理についての学までを学習過程の中で必須としなければならない。前者(理科的知識)だけをもつ非人道思想の主が己の権威を諸学に万能と主張すればするほど、公害の度合いは増していくだろう。
 数理含む理科は道具的知性でしかなく、倫理学、芸術学、文学その他哲学の一切を含む社会科学(社会学)は目的の知性(感性についての系統的認知を含み、しばしば理性と呼ばれてきたもの)である。諸知性の中で最高の地位を占めるもの、そして目的性そのものである様な認知は、倫理や道徳と呼ばれる利他性についての知能である。人格主義はこの倫理観の中でも極めて基盤的な立場であり、或る人が人類愛に疑義を呈したとしても、その当為は社会を共同する諸原理の中でも王座の地位を維持している事だろう。