2018/11/18

特殊性

特殊性は賢さの本質的な目安ではない。

理論と実践の好み

理論は脳内の言論活動、即ち言論操作による脳内の電気信号や化学物質を使う行動の一種だが、理論(言論活動)を言論活動を除く肉体上の実践(行動)と分離して考えた時、理論を蔑視し実践を重視する人は知的ではなく、理論を実践より重視する人は知的であり、どちらでもない人は中間的である。

天才論

天才や賢者、人格者に孤独癖や厭世観があるのは、彼らにとって多少あれ劣る他人とつきあうより自分と向き合っていた方が利得が高いからだ。天才が孤独なのは当然で、天才と狂人は異なる。俗人にとって天才と狂人の見分けがつかないのは彼ら自身との差が大きいほど理解できないからにすぎない。スティーブ・ジョブズ或いはアップル社のCMがいうcrazy、気違いは平凡の対概念であるが、天才と狂人の両方を含む概念だ。公益度の高い非凡さを天才と呼び、低いとき狂人と呼ぶべきなのだが、これらを見分けられるのは平均より秀才の側である。

同類の法則

自分より卑しい人の考えや、行動の訳を理解する事は、殆ど不可能だ。同類は相集まる。賢愚、尊卑、美醜、聖俗、様々な価値はほぼ同程度の質において集合し易く、一定より離れると最早互いにわかりあえなくなる。地方、国、階級、職種、友達、仲間、様々な同質集団は価値観で程度こそあれ同類なのだろう。たとえ多様性や個性を尊重する、寛容さという点においてさえ。
 人は集まると苦痛だが、離れると寂しい。これは似た者が集まる法則、同類相憐れむ現象によって理解できる。過度に離れると相互利益が得られないし、密集し過ぎると差異から学べる事が少なすぎる。